懺悔 真夏の黒歴史

子供の頃の記憶というのは時にひどく曖昧なものだ。この歳になると年々それが顕著になっていくのを感じる。それでも今日のように夜風に吹かれて夏の終わりを肌で感じるとき、今もあの暑かった日のほろ苦い記憶が甦ってくる。

あれは私が小学生のころ、臨海学校での出来事だった。どこへ行ったのか、なにをしていたのか今はもう憶えていない。宿泊施設で経験したあの恐ろしい出来事がそれらの記憶を消し飛ばしってしまったのだろう。

調べてみると臨海学校とは児童や生徒を景勝地に引率して宿泊させ、水泳の訓練、各種の野外活動を通して心身の鍛錬や、集団生活の指導をするとある。繰り返しになるが、私にそれらをした記憶は一切といっていいほど残っていない。どころか、あの頃の担任の先生は誰だったのかさえも思い出せないでいる自分がいる。

私が憶えているのは宿泊施設に着いて部屋に布団を敷いたところからだ。田舎の学校だったこともあり、1学年1クラスの男子がまるごとその部屋に泊まることになっていたと思う。その際にふざけて枕投げなどしたかもしれないがそれすらも記憶は朧気で定かではない。ともかく布団を敷き終えた私達は教師に先導されて浴場に向かったはずだ。

次に憶えているのは入浴を終えたあと他のみんなとはぐれたことだ。私はクラス中から「落ち着きがない」と指摘されるほどじっとしていられない児童だったが、逆に黙っていると居るのか居ないのか分からないほど空気に近い存在でもあった。風呂上りで軽く上せてぼんやりしていたのか、存在感を消した私は気付けばそれまで一緒にいたはずの男子たちから離れてふらふらとさまよっていた。

こういった事はよくあるので私は特に気にせず部屋に戻ることにした。方向音痴でもある私は曖昧な記憶で迷いながらも自分たちの部屋を探し当てる事が出来た。安心して部屋に入ると他の男子はまだ一人も戻ってきていなかった。途中で何かしているのかと思ったが、探しに行ってまた迷っても仕方ない。私は大人しく部屋の隅に敷かれた自分の布団で横になって皆を待つことにした。

しばらくそうして時間を潰してみても不思議と誰一人として部屋に戻ってこない。私は少し不安になりながら、ふと畳の上に置かれた小物入れに気付いてそれに手を伸ばしてみた。「こんなん持ってきてるやつおるんや」私は気持ちを紛らわせるように意外と可愛らしいその小物入れを眺めていた。

その時である。入口の方から微かな話し声が聞こえたかと思うとドアが開いた。ようやく戻ってきたかとそちらに顔を向けると、そこには3人ほどの女子が立っていた。彼女らの視点で見れば女子部屋に侵入した男が友人か、下手をすれば自分の布団に潜り込んで私物を手にとってしげしげと眺めていたのだ。正直、叫び声を上げられなかったのは奇跡だっただろう。

その瞬間、私は「うおお!」と叫んで布団から飛び出すとドア目掛けて走り出した。その時、女子が浮かべていた表情を私は憶えていない。この世の終わりのような形相で向かってくる変質者に対して、誰一人として声を上げなかったと思う。なにせ、向こうは私以上に混乱し恐怖していたに違いないのだ。その証拠にクラスの誰とも分からない彼女らは黙って私に道を空けてくれていた。

そこから私の記憶は途切れている。どこをどう走って本当の自分たちの部屋に辿り着いたのかも憶えていない。なにか問題になるのではないかと生きた心地がしなかっただろうが、その窮地をどのような心境で乗り切ったのかさえ今となっては闇の中だ。確かに言えるのは、この事で教師に呼び出されることもなければ、周りから変態扱いをされることもなかったということだ。

今にしてみれば不可解である。私の通う小学校は1学年1クラスしかなく、このような事をしでかせばまず間違いなくクラス全員の知るところになったはずだ。なによりパニックに陥っていたとはいえ、3人もいた女子の顔が一人も分からないなどということがあるだろうか。そして、女子部屋に男子が入り込んでいた事をあの女子たちが教師に黙っている理由がわからない。自慢ではないが、当時の私は日頃の終わりの会でもっと取るに足らない罪を女子から告発されたことがある。

私はふと思うのだ。あれは本当に自分の学校の女子だったのだろうかと。たまたま別の学校が同じ宿泊施設を利用していたのかもしれない。だとすれば私が彼女らに与えた恐怖はどれほどのものだっただろうか。もちろん、不審者に怯えた彼女らは自分たちの学校の教師にこの事を伝えただろう。しかし肝心の犯人については私と同様にどこの誰とも分からないのだ。両者の引率の教師の間で何かしらやり取りがあったかもしれない。そうしてバカな児童が部屋を間違えただけだということで納めてくれたというのが妥当な線だろう。

今となってはもう顔も表情も分からない彼女らがこの一件で心に傷を負うことなく、健やかに過ごしていてくれることを願うばかりだ。

罪深き作者が描く断罪の物語。悪意喰らいの亜挫木太郎はKindleから絶賛発売中!

咄嗟の危機に声を出せないあなたに代わって助けを呼びます。頑丈な生活防水仕様でお子様の安全もしっかりガード。

コメント

タイトルとURLをコピーしました