姉より優れた弟などおらぬ!

物の弾みで姉に小説を書いていることを漏らしたところ、姉は姉で最近絵本を作っていると言ってきた。それがこの画像の「ケンカレー」だ。以前から姉はこういったゆるカワキャラの造形に長けている。姪っ子の保育園の持ち物に付けるワッペンもこういった味のあるキャラクターをデザインしていたように思う。絵を描くのは私の方が上手く姉もそれを認めているが、ことセンスに関して私のそれは姉に遠く及ばない。思えば私は昔から姉の持つ天性の瞬発力とも呼べる部分にコンプレックスを抱いていたように思う。

例えば私は中高と陸上部に所属しており長距離走を得意としていたが、それは私に特別才能があった訳ではない。田舎の学校で同学年で長距離を専門とするものが3人しかいない中で私は常に三番手だった。もちろん、駅伝となると陸上部だけではメンバーが足りないので他の部と合同で駅伝部が作られるのだが、私はいつも他の部からの助っ人に背中を追われる恐怖と戦っていたように思う。私はそれを専門にしていてさえも飛び抜けるどころか頭一つ出る事すら叶わなかったのだ。

そんな私を尻目に、短距離走に長けていた姉はテニス部ながらに陸上大会に出て私よりよっぽど活躍していたように思う。当時私は1年で姉が3年だったという事を差し引いても、小学校のマラソン大会などで自分は長距離走に向いていると自負していた私は、自分のフィールドで姉が自分以上の成果を出していることに複雑な思いを抱いたものだ。多くの者が嫌がるマラソンが好きで、人より多く走っていたからある程度長距離が走れるようになっただけの私には短距離の才能がまるでなかった。ここでも姉が自分にはない瞬発力を持っていることを思い知らされたのである。

絵に関していうと私は幼稚園の頃から工作が好きだった。幼稚園の頃に箱で作ったライオンだったかがどこかで展示されたこともある。中学の頃にあるライトノベルに衝撃を受け、その影響でイラストレーターを志し独学ながら絵の勉強をした時期もあった。その頃にはクラスに一人は異常に絵の上手いやつもいて、自分には才能がないと思いながらも技術でのカバーを試みていたのだ。結局のところ私は自分の絵心に見切りをつけ、絵は上手い人に任せて自分は文章を書こうと小説家を目指すに至ったのである。一方で保育士試験の際に絵が描けないと私に弱音を吐いていた姉は、何食わぬ顔で才能を発揮してこの「ケンカレー」で私を唸らせてみせるのだ。

正直、これが絵本で良かったと心からそう思う。こと文章において姉に敵わないと認めた日には控えめに言ってアイデンティティの喪失である。これに関してだけは注いできた時間と情熱が絵や走りの比ではないのだ。姉は暢気に「同じようなことしてて、姉弟っておもしろいな笑」などと言っているが、私としては絵本でなければ笑っていられなかったのが本音である。

これが姉の記念すべき第一作目の絵本である。この絶妙な顔のパーツが織りなすゆるカワで温かみのある造形は私の手ではどうしたって生み出すことが出来ないだろう。やはり私は一枚の絵で人の心に何かを訴えかけるだけの瞬発力を備えていないのだ。私の書く小説がペース配分が勝敗を分ける長距離走なら、姉の作る絵本は最短でトップスピードを叩きこむ短距離走だ。そう思っていれば私は心穏やかに姉の作品を楽しむことが出来るだろう。

つまり、私は今後なにがあっても姉と同じ土俵で戦わないと心に決めている。

人はコンプレックスの数だけ強くなれる!後ろ向き青春逆噴射ストーリー。悪意喰らいの亜挫木太郎はKindleから絶賛発売中!

今こそあなたの絵心を炸裂させよう。24色のクレパスであなたも未来の絵本作家!

切って貼ってあなたの世界を創造しよう。お子様の創作意欲を受け止める50色の色画用紙セット。

コメント

タイトルとURLをコピーしました