現代民俗学研究会/人を食った話

「沓浦さん、ウミガメのスープって話を知っているかい?」
今から10年前、現代民俗学研究会の会合で私に声を掛けてきた男は自己紹介もそこそこにそんな事を聞いてきた。
「もちろんですよ。人を食った話でしょう?」
その男、灰谷は私より2、3年下だが入会して五年になるという。有名どころの話を持ち出して新顔を試すつもりなのだろうと思った私は即答した。

ウミガメのスープを簡単に説明すると以下の通りだ。
乗っていた船が海で遭難した経験を持つ男があるレストランに入った。メニューを見ているとシェフが珍しいものが入ったから試してみないかと持ち掛けてくる。なんでもウミガメのスープを出してくれるという。奇しくもそれは男にとって思い入れのある料理だった。海で遭難した際に飢えて亡くなるものが出てくるなか、生き残る為に死んだ者の肉を食べ始める者が出てきた。男は頑なにそれを拒んでいたが、ある日料理長がウミガメを捕まえたと言ってそれをスープにしたものを食べさせてくれた。お陰で男は救助されるまで命を繋ぐことが出来たのである。
懐かしい気持ちで出されたスープを一口食べた男は顔色を変えてシェフに尋ねた。
「これは本当にウミガメのスープなのか?」
間違いないという答えを聞いた男はその翌日自殺してしまった。
さて、男はなぜ自殺したのだろう?

「そりゃあ話が早い。して、沓浦さんは男が自殺したのはどうしてだと思うかね」
私の返事に満足げに頷いた灰谷氏は面白がるような顔で聞いてくる。まさかこの相手がその答えを知らないわけではあるまい。
「レストランで出されたウミガメのスープの味が自分の知っているものと違った。それで男はウミガメだと言って出されたのが本当は人肉だったことに気付いてしまったからでしょう」
あえて模範的な回答をする私に灰谷氏は息を漏らすようにフッと笑って、
「カマトトぶっちゃ嫌だぜ。わざわざうちに入ってくるような人間がそのままの答えで満足する道理がないだろう?」
試すようにニヤリと笑ってもっともらしいことを言う。否定も出来ず、どこか怪談好きの矜持を擽られた私は己の見解を述べることにした。
「なら、私の考えを言いますよ。男が出されたウミガメのスープは遭難時に食べたものと同じ味がしたんです」
話の前提条件を覆す私の意見に灰谷氏は「ほう、」と目を細めた。
「なら、なんの問題もないだろう?」
薄く笑いを浮かべて続きを促してくる。
「いいえ、大問題です。男は初めから料理長の嘘に気付いていたんですから」
もっと言えば、男は料理長から食べたのはウミガメだということにしておけと言われたのかもしれない。
「大胆な発想だねぇ。そうすると男が自殺したのは」
興が乗ったのか灰谷氏は実に楽しげに身を乗り出してくる。
「ええ、男はふと立ち寄ったレストランで人肉が出てくる狂った世の中に嫌気が差したんですよ。さしずめその界隈じゃウミガメが人肉の隠語だったんでしょう」

「なるほど、なるほど。随分とまあ物騒じゃないか。それがアンタの目に映る世界観ってわけかい?」
黙考するようにしばし目を閉じていた灰谷氏がそう聞いてくる。
「この話は時代も場所も明言されていませんから、そんなことがあってもおかしくはないと思っただけですよ」
これを現代社会の出来事と捉えていると思われては心外だ。私がそう弁解すると灰谷氏は「それはそうだ」と感心したように二度三度頷いて、
「これはあたしが勝手にやってる入会テストみたいなもんでね。つまらない返答を寄越してくるヤツとは付き合わないことにしてんのさ。おめでとう、沓浦さん。アンタは合格だ」
入会して早々、面倒臭そうな男に目を付けられたものだと胸中で嘆息しながら私は灰谷氏に聞いてみた。
「そういう灰谷さんはどうしてだと思うんですか?」
大口を叩く以上、それは面白い見解を持っているのだろうと期待していると、灰谷氏はあっけらかんとした顔で、
「そんなの、人を食ったのを知ってしまったからに決まってるじゃないか」
なんなんだコイツは。私は肩透かしを喰らいながらもこの相手にどこか憎めないものを感じていた。
それから数年、京都支部に籍を置いていた私はなにかと灰谷氏に絡まれることになるのだが、それはまた別の話だ。

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