スーパーに刺身用のクジラが売ってたんだが

久々にいつもと違うスーパーで買い物をしていたら、鮮魚コーナーに珍しいものが並べてあった。クジラ肉だ。しかも半額となっている。鯨肉には興味があり、市内の専門店に一度行ってみたいと思っていたほどだ。
とはいえ、スーパーで売っている鯨肉に手を出すのは初めてのことで躊躇っていると、店員さんが「美味しいですよ。ニンニクとかつけて刺身でいけます」と声を掛けてくれた。それに背中を押された私は鯨肉を買って家で食べることにしたのである。

いざ買ってみたはいいが、やはり刺身でいただくとなると鮮度が心配になってくる。半額だったのは嬉しい反面、魚の刺身の見切り品で外れを掴んだときのように時間が経って生臭くなっていないか気掛かりだったのだ。
ともかく、ネットで「鯨肉 刺身 臭み抜き」で調べたところ玉ねぎを摺り下ろしたものに漬ければ臭みがとれるとあった。なんでもこれは玉ねぎに含まれる硫化アリルという成分による効果だそうだ。

これは良いことを知ったとさっそく真似てみよとしたところ、こんな時に限って玉ねぎを切らしてしまっていた。とはいえ、まったく臭み取りをしないで食べるのは勇気がいる。そこで私は魚の刺身と同様に塩を軽く振って酒に漬けてみることにした。効果があるかどうかは半信半疑ではあったが他に方法が思い浮かばなかったのだ。

これが臭みを抜いた(はずの)鯨肉をそれっぽく皿に盛りつけたものだ。薬味はネギとミョウガ、たっぷりのおろしニンニクを用意した。御覧のとおり身は思ったより赤黒く、一口目で臭くて食べられなくなるのではないかと不安が過る。
せめて食べられる味であってくれ、そう願いながらネギとおろしニンニクをのせてポン酢で食べてみる。

確かに鯨肉を食べたはずなのだが、私は記念すべき一口目の感想を掴み損ねてしまっていた。臭みなどまるでない。食感はマグロの赤身に似て刺身を食べているという実感はある。それでいて少しも癖がなく透明感のある味わいとしか言い表せないのだ。

私は一口目の自分の舌を疑いながらもう一切れ鯨肉を食べてみることにした。やはり臭みは欠片も感じない。目立って風味が口に広がるわけではないが、食べ進めるごとに鯨肉が旨味を口に残していく。
白米のお供としては少し物足りないかもしれないが、いくら食べても飽きがこないどころか味が深まるので酒の肴にはもってこいかもしれない。
鯨肉にはタンパク質と鉄分が豊富に含まれているので、レバーの臭みが嫌いな方でもこちらを食べることで鉄分不足を補えるだろう。なんといっても、ヘルシー食品の代表格である鶏ササミ肉の半分以下という脂肪分の低さはダイエットに最適だ。

私はこれまで牛、豚、鶏に代わる食肉として鹿肉を密かに支持してきた。農業に従事していた頃は口にする機会も多く、日々の肉体労働を支える貴重なタンパク源としてありがたくいただいていたのだ。
獣害除けの網に掛かった鹿を狩猟免許持ちの農家が捌いて、食べきれないから知り合いに配っていたのである。あればあるだけ喜んで貰って帰る私の家の冷凍庫はいつも鹿肉が詰まっていたものだ。そんな私でも鹿肉への評価はやはり牛、豚、鶏には劣るというのが正直なところであった。そこが良さでもあるのだが、やはりジビエは独特の臭みが伴ってしまう。毎日食べるとなるとそれが鼻につくようになってくるのだ。

一方でこの鯨肉はどうだ?さっぱりした赤身が好きな私にとって、日頃口にする牛、豚、鶏に加えて喜んで迎え入れたいメンバーである。生で食べてこれだけ美味いのだから、煮たり焼いたりといった他の調理法を試してみたい欲が出てきている。昔は給食に出てくるほど当たり前に食べられていたというのだから、ぜひとも復権を果たして貰いたいものだ。

日本は2018年12月に国際捕鯨委員会(IWC)から脱退し、商業捕鯨を再開することを発表した。その頃の私は自分の国の食文化をよその国からとやかく言われたくないという気持ちで捕鯨について賛成の立場であったが、どこか自分は食べないので根っこの部分ではどちらでもいいと思っているところがあった。
日米和親条約にて米国捕鯨船の補給基地として日本は開港を要求されているのだ。さんざん鯨を漁ってきた国に日本の食文化を野蛮だなどと言われる筋合いはないという理不尽への憤りを理由としていたのである。

だが、今日をもって私の考えは変わってしまった。日本はもっと鯨を我が国の海洋資源として活用すべきだ。もちろん、乱獲によって数を減らすようなことがあってはならないが、IWCに加盟して調査捕鯨をしていた時代から有用な研究資料を提供してきた日本なら、持続可能な捕獲量をしっかりと見極めてくれることだろう。

日本が商業捕鯨を再開して以来、私は初めて鯨肉を口にした。正直、どこかわざわざ食べるものでもないと思っていたが、蓋を開けてみればそんなことはなかった。
今はただ商業捕鯨の活性化を願いその動向を見守りながら、私のような一市民が鯨肉を手にする機会が増えることを望んでいる。

美味しいものは大体好物。なんでも食べる作者が描く悪意喰らいの亜挫木太郎はKindleから絶賛発売中!

鯨肉を肴に飲みたいあなたにぴったりのお酒。

酔鯨と一緒にこちらもどうぞ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました